ユウリには、人には言えない秘密がある。
それは己の霊能力に関してもそうだが、それはシモンや従兄弟や家族も知っている。意識して秘密裏にしているわけではないので人に言えない秘密ではない。まあ、その、疎まれたり気味悪がれたりするのが嫌で、親しくない人間には意図的に隠してはいるが。それでも、家族やシモンに言いたくない、というわけではないのだ。
ユウリには自分の能力以外にもう一つ、秘密事がある。それはシモンにも家族にも知られたくないことで、このところのユウリはそれを隠すのに全エネルギーを費やしていて、もう毎日がへろへろだった。
ユウリがこんなに疲れている元凶は、今、ユウリの部屋のユウリのベッドの上で優雅にくつろいでいる。
何だか、無性に腹が立って、ユウリは元凶である、とっくにセント・ラファエロを卒業した上級生を睨みつけた。

「アシュレイ!いい加減にして下さい。用事が終わったら帰るんじゃなかったんですか!」

ユウリは怒鳴りながら、アシュレイを布団ごとベッドから引きずり落とそうとするが、如何せん、力の差がありすぎる。結局ユウリはアシュレイをそのままにしておく他は無かった。

ユウリの人に絶対言えない秘密とは、まさにアシュレイのことである。
この傲岸不遜の魔術師の異名をとる上級生とユウリは、ある契約を結んでいた。その証は今もユウリの首にかかったままだ。そのことも勿論秘密なのだが、それは大分前からのことで、今現在ユウリを悩ませている秘密とは、今、この場にアシュレイがいるということなのである。
アシュレイは誰にも見つからず、いつの間にかユウリの部屋に居つき、あまつさえ寝食を供にしているのだ。
他の誰かに知られたら大変なことである。魔術師アシュレイの人気は、彼が卒業した後も半端ではない。そのことで何度迷惑を被ったか、ユウリは頭が痛くなってくる。
何で、ユウリがそんなにアシュレイのことで悩まされるかというと、強いて言えば全面的にアシュレイのせいだ。
彼は在学中、ユウリを己の所有物だといって憚らなかった。卒業後、セント・ラファエロに現れた時も、用事はユウリにだった。学校というつながりを失った彼の信奉者達には嫉妬の炎で身が焦がれるくらい、ユウリを憎む者もあっただろう。シモンは、まったくいい迷惑だよ、と嘆いていた。
そう、アシュレイが卒業してから大分経つと言うのに、未だにユウリとアシュレイの間には色恋沙汰の噂が耐えない・・・らしい。実際に聞いたわけではないから、真偽の程はわからないが(シモン達が自分の耳に入れないようにしているのはユウリも承知であった)
まあ、実際それは半分正解ではあるが半分は嘘だ。。
まず、自分とアシュレイの間には恋愛関係は成立していない。これは確かだ。でも、本当の所はどうなのだろう、とユウリは時々思う。
何故なら、自分とアシュレイの関係を上手く表す言葉が見つからないのだ。親友のように清々しいものでも、先輩後輩のような上下関係というものでもない。友人というだけでは足りない気がするし、共闘関係というのもまた違う。恋人のような行為や素振りは無いが、【恋人のような関係】が一番しっくりくるのではないだろうかなんて考えて、あぁ僕って馬鹿じゃないのかと自己嫌悪に陥ることもしばしばだ。
それに、支配されるものと支配するもので2人は分かれている。
アシュレイは自分勝手にユウリを所有物と言っているのではないのだ。彼の手をとり、彼の所有物である証を受け取ったのは紛れも無くユウリ自身の意思だったのだから。
でもその証を手にして、アシュレイのモノになった瞬間、ユウリは同時にアシュレイが自分のモノになったように思えた。あれは、何故だったのだろうか。アシュレイを繋ぎとめる唯一の存在になれて、心の奥底では歓喜していたとでも言うのだろうか。
ユウリは自分の感情がいまいちよくわからない。それはアシュレイの考えていることにも言えることだが、それに匹敵する謎が自分の中に生まれるだなんて、少し前は考えもしなかった。



そんな疑問を持つユウリの前に、ついこの間の事件から一度は帰ったアシュレイが再び現れたのは5日前のこと。寝室のベッドの上に「よう、ユウリ」と片手を上げて挨拶するアシュレイがいた時は本当にどうしようかと思った。
シモンに相談しようとしたけれど、アシュレイからやめろといわれては何も出来なかった。ユウリは結局、アシュレイの言葉に弱い。何故なのだろうか、とユウリは前に考えたことがあったが、どれだけ考えても答は出なかったので、アシュレイだから、の一言で片付けてしまった。様は、そういうことなのだ。ユウリは、なんだかんだ言って、アシュレイに弱いのである。そのことを、ユウリは嫌というほど自覚している。
でも、だからと言って何でも許容できるわけでは勿論無くて、それをアシュレイもきちんと理解してくれている。
だから、ユウリの怒りが頂点に達する前に、アシュレイは「今日の晩飯はなんだ?」とベッドから移動して近くのソファーに腰をかけた。
そんなアシュレイの様子に、ユウリは仕方ないなと溜息を一つつき、「真ダコとニンニクのぺぺロンチーノとシーザーサラダですよ。今持って来ますから、おとなしくしていてくださいね」と言って部屋を出る。
後ろから聞こえる、飲み物はいらないという声にユウリはクスリと微笑んで、食堂へと向かった。
inserted by FC2 system