今日の自分はどうかしている、新一はまるでどこぞの推理小説の探偵のように頭を掻き毟りながら唸った。
その絹のように艶やかな髪の毛からは、その彼のように大量のフケは落ちないなと、思わず考えてしまう自分にほとほと呆れる。こういった事態のときまで、自分の脳内は謎を追い求め、解き明かすことや解き明かした探求者たちのことで一杯だ。
あぁ、これなら幼馴染が愛想を尽かしてしまうのも、お隣の科学者が呆れて鮮烈な厭味を幾度となく贈ってくれるのも、大阪の探偵である親友が苦笑してしまうのも頷ける。
そこまで考えて、当初とは思考が別のところに行ってしまったのに、はたと気が付く。
これも自分の悪い癖だ。考えていると別の余計なものまで考え出してしまう。推理のときはそんなことは無いのだが、自分や周りのことを考えたり模索したり、思考しているとこうなってしまう。あぁ、ほらまた話がずれだした。
新一はとめどなく終わること無い思考の渦を一旦消そうと努力するが、回りだした無駄に回転のいい名探偵の頭脳は止まることは無い。
何故こんなことを考えていたのか、そもそも始まりは何であったのか、過去に思い巡らした考えやここに至るまでの経緯を事細かに脳内は再現し、整理していく。
すると、新一は思い出した。何故自分がこうなっているのか、その一番初めの原因というものを。
そうだ、そもそもこんなことを考え出したのはあいつのせいだったではないか!
そうして思い浮かべる彼は、月を背にして、他の人間に対するような紳士的な態度ではなくまるで新一を嘲る様に口元に笑みを張り付かせ、
「お前って本当は馬鹿なのな」
と小生意気な口をきいた。
一音一語違わない、記憶の中の彼は本当に憎たらしく、新一は思わず近くにあったクッションを蹴り飛ばしてしまう。
一応加減はしたので中身が飛び出ることは無いが、こうして幾度となく新一のストレス解消の対象にされてしまっているそのクッションは、もうボロボロになってきていて、そろそろ新しい生贄を買い換える時期だなと、新一はどこか遠い世界で思った。


普段、こんなにも憎らしい彼は、いつも傲岸不遜で、怪盗紳士の名は、まったくもって相応しくなかったが自分への自信というか、そういったものは嫌というほど溢れかえっていたというのに・・・今日会った彼はどうしたことか?
終始無言で、笑いもしないし厭味も言わない、新一に似ているのが気に食わないその顔は俯き加減でよく見えない。
記憶の中の彼とあまりにも様子が違い、思わずどうかしたのか?なんて訊ねると、それに呼応するかのように晒された顔はこちらが泣いてしまいそうなほど苦しそうだった。
顔を上げた彼が、ゆっくりとこちらを見た。そして、自分の前で視線を止め、切なそうに細められる瞳に不覚にも一瞬囚われ、四肢が機能することを忘れてしまったかのように立ち尽くした。
一歩一歩、怪盗はこちらに歩み寄ってくる。新一は、ハッとなって慌ててホルスターに収められている麻酔銃を取り出そうとした。
だが、怪盗の方が速かったようで、彼はもう目の前に居る。新一の背を冷や汗は流れた。
そんな新一の様子に、ふと怪盗は普段の彼からは思い付かないほど柔らかな苦笑を顔に浮かべながら、新一の頬にそっと手を伸ばした。
触れるか触れないかのぎりぎりのところ、指先が少し触れ、ビクリと思わず反応してしまう。
すると怪盗の手はすっと戻され、新一は名残惜しそうに手の行く末を見つめていた。


「名探偵・・・、」


と、怪盗が自分を呼ぶのが遠くで聞こえる。その声は苦しそうで切なそうで、それなのになんだかとても甘かった。
月は彼の背に隠れるかのように消えてしまって、光だけがその存在を誇示している。
そんな様子を、新一は月が隠れているというよりも、この目の前の怪盗を覆い隠し、我が物としているかのように感じた。何だかそんな自分の考えにひどく腹が立って、思わず眉根を寄せる。
それを怪盗はどうとったのか、一歩下がり、「すみません、失礼しました」と紳士的な口調で一礼し、夜の大空へと飛び立とうとした。

「ちょ・・・っ!待てって!!」

新一は思わず、怪盗の白いマントを掴み引き止めてしまった(思わず、というのが無意識下での行動なのでまるで本心がとっさに出てしまったと言われるみたいで、新一としては非常に不本意なのだが仕方ない。この場は、怪盗を捕獲するためなのだ、そうだそれ以外の一体何がある、と自分に言い聞かせる)
掴んだ裾の先、闇夜に溶けてしまいそうな怪盗の顔が、赤く染まっているように思えたのは錯覚だったのだろうか。


ポーカーフェイスはまだ有効か


(崩れた瞬間、全ては終わる)

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