(・・・ここは、どこだ?)

パチリ、と瞼を開けてまだ覚醒しきらない頭で状況確認をする。
見慣れない天井、自分を包み込む柔らかい布団、穏やかな空気。今まで自分がいたところとは正反対の、それでもどこか懐かしくあたたかい場所。
そうだ、あの男のところにいたときもこのように感じていたな、と藍緋は思った。
一体ここはどこだろうか。火黒との戦闘後の記憶があやふやだ。確か、誰かに、光のようなそれに、手を伸ばしたような気がする。咄嗟に縋りついた相手。それが、自分をここまで導いたのだろうか。
ぐるり、と辺りを見回すと、もう1組布団があった。既に剥がれ、脇に乱雑に畳まれた羽毛布団。触れてみると、まだかすかに温かい。先ほどまで誰かが横になっていたのだろう。
藍緋は起き上がり、いつのまにか着せられていた着物の上に、枕元に畳んでおいてあった上着を羽織った。
ふと、外が見たいと思って、縁側に続く障子戸を開けようとした時だ。
背後の襖が、がらり、と開き、1人の少年が顔を覗かせた。

「あ、起きたのか。人間用の薬だから利くかわからなかったけど、大丈夫っぽいな」

黒い宵闇のような髪の毛をツンツンさせて、つい先ほど(藍緋にとっては、だが。実際は1週間ほど経っていた)まで敵対していた、烏森の結界師の少年は心配そうに眉尻を下げて問いかけてきた。
藍緋はあまりのことに驚きすぎて声が出ない。
なんで、どうして、彼がここに、自分がここにいるのだ。あまつさえ、妖怪相手に手当てまでして!
呆然と、それでも無表情な藍緋に、少年―良守は、まあご飯でも食べないか?と藍緋の腕を取って居間へと向かった。



「・・・なんで、助けた」

居間へと続く廊下の途中、藍緋はどうしてもわからなくて、良守に問いかけた。
良守は、可愛らしく首を傾げて、なんでって?と逆に返してくる。藍緋は眉根を寄せて、若干強い口調で言った。だから何故私を助けたのだ!私はお前らの敵なんだぞ、それでも良守はきょとん、として、だって手を掴んじゃったからと、なんでもない風に言ってのけた。

「あんたが、俺に手を伸ばしたから。だから、俺はその手を取ったってだけだし」

前を向き、むちゃくちゃな論理を平然と言ってのける良守をしばらく呆然と眺めながら、藍緋は俯いて、お前は変な奴だ、と呟いた。
変な奴、もう1回言ったら、良守がこちらをむいて、お前だって十分変だよ!と恨めしそうな目で見上げながら唸る。
まだ腕は握り締められたままだ。藍緋は、良守の声の響きと腕に伝わる手のひらの温かさも、無性に泣きたくなったのだった。





私のおかしな、愛しい大切な日々よ!


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