「お!はよー」

にこやかに、食卓の前で茶碗片手に箸で挨拶するのは、見知った奴だった。
そのありえなさに、藍緋は思わず、襖を勢い良く閉めてしまった。襖の向こう側から、なんで閉めんの〜?と陽気な、それでも幾許かの毒を含んだ声が聞こえる。
頭を抱えたくなった藍緋を、どうかしたのかと良守が覗き込む。いきなりの近距離に藍緋は少し紅くなった。何で紅くなったのか、自身にもわからない分、余計にいたたまれない。
俯いたまま黙り込む藍緋を、良守がいぶかしんでいると、襖の向こうの声の主が勢い良く襖を開けた。

「・・・う、わー。俺初めて見ちゃった、藍緋が照れてんの。良、なにしたの?」

頭上から小憎らしい声が聞こえる。藍緋は思った。あぁ、やっぱりこいつだけは殺しておくべきだったのだ。
上目遣いに殺気を込めて、貴様には関係ないそもそも何故貴様までここにいるのだ、それから私のことはさん付けで呼べといっただろうがこの若造め。一気にまくし立てる。
藍緋に多大なる殺意を芽生えさせた相手は、あははと何処か小馬鹿かにしたように笑い、あーそういえばそうだったねーと間が抜けた喋り方で返した。
カチン、と藍緋の逆鱗に触れた音がする。きっとその場にいた人間(といっても人間は良守1人で他の2人は妖怪、しかも片方は綺麗に聞き流している)に聞こえただろう。良守は慌てて、話題転換を試みる。

「あ、でー・・・藍緋、さん?とりあえず、座りませんか!」

「・・・・・・・お前は、さん付けしなくてもかまわん」

「え、あ、うん」







墨村家の居間の食卓、藍緋は良守お手製のガトーショコラをお茶菓子に、良守の父が入れた玉露を啜った。品の良い、新芽の香りが口に広がる。少し甘く、風味の良いお茶だ。しかも、淹れ方が完璧。茶本来の良さを存分に引き出している。
良守のガトーショコラに生クリームをたっぷり付けて一口。うん、こちらも程よい甘さとビターチョコレートならではの苦味がなんともいえず、美味しい。
ガトーショコラを口に含む藍緋を、後ろから火黒に抱きしめられながら(藍緋には信じられない光景だった。まさかあの火黒が人と触れ合って、あまつさえ上機嫌でいるだなんて!)良守がそわそわと落ち着かない様子で見る。藍緋が美味しいと一言感想を言えば、途端に目をキラキラと輝かせて、俺はやったぜ!と火黒に抱きしめられたまま、ガッツポーズを取った。やっぱり変な人間だ、藍緋は再度思う。

「で、一体どういうことか説明してもらいたいのだが」

湯飲みをテーブルにコトン、と置いて、藍緋は切り出した。いい加減、はっきりさせておきたいのだ。何故自分がここにいるのか生きているのか、何故火黒がここにいてあまつさえ結界師の少年にあんなにも懐いているのか、そのいくつもの疑問の答えを。
藍緋の質問に、良守は、どういうことかっていってもなぁと頬を擦りながら、抱きついている火黒を見上げる。良守の視線を受けて、火黒は軽く頷き、良守を抱きしめたまま話し出した。

「良が、俺たちを助けてくれたんだよ」

ねー、と良守に顔を寄せながら言う火黒に、そういうことじゃない何故助けたのかを聞いているんだ、と藍緋は頭を抱えながら言った。そうしたら、火黒は、何当たり前なこと言ってんのとでも言うかのように目を丸くさせながら、それは良がお人好しだからじゃないのと、さも当然のように答える。先程も思ったが、何だその答えは。
藍緋は、火黒との会話をあきらめて、件の少年へと視線を移す。少年―確か資料によれば、良守という名だったか―は、火黒の腕に手を置きながら、だってしょうがねーじゃんと呟いた。

「だって、見捨てられなかったんだよっ」

決まり悪そうに火黒の腕に頭を埋める。そんな良守に、俺に甘えてくれてんの?かわいー!と火黒がさらに腕に力を込めた。
苦しい、と文句を言われながらも幸せそうな(それこそ今までと別人のような表情だ。こんな奴だったのか、驚愕の事実である)火黒を見て、藍緋は本気で頭が痛くなったのだった。

「・・・・・とにかく、世話になった。礼を言おう」

渋面で藍緋は良守に向き直り、さっさとこの家を出ようと席を立とうとした。
しかし、藍緋の着物の袖を何かが引きとめる。手の先には真っ直ぐにこちらを射抜くような良守の瞳があった。

「なんだ?」

「なんだ、はこっちの台詞。別に、ここにいればいいじゃんか」

今度こそ、藍緋は心底驚いた。心臓があったのならば、絶対に鼓動が停止しただろう。まったく、本当になんてめちゃくちゃで変な奴なのだろうか!
当たり前のように言ってのける少年に藍緋は、じゃあ少し世話になるかと小さく零し、微かに微笑んだのだった。








あぁ、なんて素晴らしい瞬間


お持ち帰りされちゃったパラレル設定連載、怒涛の第2話
話が飛びすぎですいませ・・・!





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