「にしても、お前と火黒さんって本当に仲良いのな〜」

いつものメンバー、いつもの会話。その中に、不意に紛れる非日常の象徴。
なんで、俺のクラスメイトが火黒の名前を知っていて、あまつさえ俺と仲いいという話題を出しているのかといえば、答は簡単。
昼休みが始まってすぐ、火黒がまたして俺のクラスを訪れたからだった。
今度は届け物という口実さえもなく現れた奴は、なんの遠慮もなしに俺の隣に座った。困惑しながら、それでも興味津々のクラスメイト達の好奇の視線なんて何のそのだ。
まったく、図太い神経をしてやがる。前に利守に、そう言ったら、良兄も大して変わらないよと大変不名誉な言葉を賜ったことがある。
ちくしょう、と思いつつもコーヒー牛乳を啜りながら、弁当をせびる火黒の口元に貴重なタンパク源である卵焼きを運んでやった。
火黒は、こうして俺に食い物を運ばせて、それを食するのがお気に入りらしい。あーんと口を開けて、もっと欲しいと強請る姿は、まるで小鳥の様だ。かわいいだなんて、少しでも思ってしまう俺に非は無い。きっと、いや、多分。

「なんで、俺に運ばせるわけ?」

前に聞いたことがあった。何故、俺にわざわざ運ばせるんだ、と。そしたら、火黒は笑いながら、愛の確認作業という訳のわからない返事を返してきた。俺にはわからないけど、でも、火黒には必要なことで、火黒が喜ぶならいいかと思ってる。

それから、火黒は俺の体を触るのが好きだ。特にわき腹に残る大きな裂傷(火黒につけられたものだ、あの時は痛かった)がお気に入り。
傷を一つ一つ指で丁寧になぞっていく、その儀式めいた行為は、何故か心臓に悪い。触られていくうちに、どくどくと、血の巡りが激しくなって、頭が朦朧としてくるのだ。
間近で見る火黒の顔に、匂いに、吐息に、声に、俺は無性に自分の体を這う火黒の細い指と溶け合って一つになってしまいたい衝動に駆られる。
荒い息を吐いてその未知の衝動から逃げようとするのに、吐き出されるのは酸素ばかりで、逆効果だ。
しばらく、そのまま夢か現実かわからない世界で、俺達は2人、ただお互いの体温を求める。それだけが、確かなものだから。
俺は火黒の頭を抱きながら、火黒は俺の体中の傷をなぞる。それだけ。たったそれだけのことなのに、何故か切ない。切ないのに、愛おしくて温かい。縋りつくような火黒の目に、俺しか映っていないことが、こんなにも嬉しいと感じるだなんて。
これも前に、何故俺の体の傷を触るのかと聞いたことがあったが、答は同じ様に確認作業だとしか返ってこなかった。
それって、俺が火黒のことを好きか確認してるってことなんだろうか。そんな確認なんてしなくったって、きっと、俺は火黒のこと好きだと思うんだけど。
俺はそう思うけど、でも、火黒には必要なことみたいだ。よくわからない。

(好きなら、それだけじゃ、駄目ってこと?)

疑問に思う俺に、藍緋は、火黒は不安なんじゃないかと言った。きっと、愛するのも愛されるのも初めてだから、失わないように見失わないように必死なんだろう、と。それは、日々の日常の中で愛情の愛と、夜の帳の世界で恋情の愛を、代わる代わる確認して宝箱に閉じ込める作業の繰り返しなんだよ。藍緋は俺の髪を弄りながら、瞼を閉じて、歌うように笑う。
それは、俺が火黒を好きなことを確認するだけじゃなくって、火黒が火黒自身が俺を好きなことを確認してるのだろうか。
藍緋は、きっと火黒はお前を傷つけたくないんだと寂しそうに笑った。俺を傷つけたくないってどういう意味か、再度疑問を寄せても、あとはお前が考えろの一点張りだった。
俺が考えろ、って言われても、よくわからないってことしかわからない場合はどうしたらいいんだろう。
俺は、全然何も知らなくて、愚か過ぎるほど無知だった。それを自分でも良く解っていたけど、どうにかする手段さえ、俺は知らなかったのだ。
俺に出来る唯一のことといえば、聞くことだけで。だから、俺は満月が明るい夜、火黒に聞いた。

「俺を傷つけたくないって、火黒はそう思ってるのか?」

訊ねた瞬間の、火黒の表情は今まで見たことも無い様な色で染まっていた。
まずいかな、と一瞬思う。でも、もう、これ以上引き下がれない。俺は、外しそうになった視線を戻して、火黒を正面からまっすぐ射抜いた。火黒の泳ぐ瞳を捕まえて、逃げるなよと縛り付ける。

「なぁ、火黒。俺、よくわからないけど・・・好きって気持ちだけじゃ、駄目なのかな。その先に、何があるのか、どうしたらいいのか、俺、わからないんだ」

ひぐらしの声だけが聞こえる夜の世界、俺の声は思いのほか透き通ったように耳朶を優しく撫でる。
火黒が、一度瞼を閉じた。ドキドキと、俺の心臓が煩い。火黒が目を開けた。その瞳に、今までに無い様な色が隠されてるのに、俺は気が付く。どこか、火黒の作る刃に似てる色。想いを込めた、あの鈍色の光のようだ。

「・・・良は、知りたいの?」

「え?」

「俺が、良を傷つけたくないってこと。良を好きだって気持ちの果てに、何があるのか。その意味を、良は知りたいの?」

グッと、俺の肩を握る火黒の力が強くなる。切ないほどの眼差しで問いかける火黒に、俺は一瞬躊躇ったが、コクン、と頷いた。
頷いた瞬間、火黒は俺の襟元を引っ張り、乱暴に口付けをした。まるで、貪るようなキス。舌が絡められ、吸われ、唾液が一つに混ざり合っていく。
重なり合った唇を、先に外したのはどちらからだっただろうか。離れていく熱が、無性に恋しい。
火黒を見上げると、目を細めて、こういうことだよと言って寂しそうに笑った。

「これ以上やったら、俺はきっと、良に嫌われる」

だから、もう駄目。
火黒の言葉に、俺はカッとなった。
なんだよ、それ。わからないけど、キスの先もわからないけど。でも、絶対、俺が火黒を嫌いになるなんてこと、ない。
俯いて、火黒の着物を、ぎゅっと握りしめる。
握り締めた指先から、この想いが、火黒に伝わればいいのにと。
そっと願いながら、火黒に優しく口付けたのだった。









(感覚を共有することは出来ないけれど、この思いだけは本物だから)

神経質で慎重で臆病な火黒と、何もわかってないけど火黒が隙だってことだけは絶対の良守
火良は、想いが通じ合った後は、こんな風にじわじわじわじわ火黒が追い詰められて、良がだんだんだんだん迫ってしまえばいいと思う
鬼畜も好きだけど!笑

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