今日は本当についてない。何かの厄日だろうか。山崎は盛大な溜息をついて、今しがた開け放った扉の奥を見つめた。埃が舞い散る、黴臭い部屋。そこは真選組内でも、滅多に人など立ち入ることの無い開かずの間と化した古い資料部屋であった。
山崎はもう一度、溜息を吐き出し、その入るのも億劫な部屋へと足を踏み入れる。
無造作に詰まれた巻物。そのほとんどは、真選組ができる前・・・まだ、自分達がただの道場住まいの門下生だった頃の攘夷戦争の資料であった。今の自分達にとってはあまり必要の無いものだ。
なのに、何故山崎が此処にいるかといえば簡単なこと。そう、上司の命令だった。鬼と呼ばれる副長の顔を思い出して、山崎はまったく面倒なことを押し付けられたものだと閉口した。
仕事を頼むと、上司に呼び出されたのは1時間ほど前。呼び出された当初は、観察の仕事だとばかり思っていたのだが(最近、鬼兵隊に不穏な動きがあるとの情報があったからだ)いざ部屋に入り、用件を聞けばなんてことは無い、ただの片付けを命じられただけであった。
まったく、なんだってこんなことを。山崎は呆れながらも上司の命令を承諾したのだった(当たり前だ、命令を断ることなど下っ端の自分には無意味なのである)
山崎は倉庫内を見渡した。膨大な量の書物。これを整理しなければならない。考えるだけで頭が痛くなってくる。山崎は、鈍い痛みを訴える頭蓋を無視し、おもむろに近くにある巻物の紐を解いた。
古びた書。色あせた紙面には紙魚が湧き、古書独特の匂いが鼻を掠める。その何ともいえぬ古臭い黴の匂いに、山崎は顔をしかめた。
文面を目で追い、必要か不必要かの2択の判別によって、存在する塵の山といってもいいような資料を片っ端から始末していく。

それは作業を進めてから、どれくらいの時間が経った時だろうか。山崎は、ある1冊の本を見つけた。その本は黒・・・いや、茶だろうか?あまり見目麗しくない鉄色に半分染まりながら、棚の裏側に落ちていた。こんなところに、と山崎はその本を手に取り、他のものと同じ様に頁をめくる。数頁目を通して、これは誰かの日記であることが伺えた。それも、天人の、だ。
内容からして攘夷戦争中だろうか。血生臭い当時の情景がありありと目に浮かぶ。山崎は少し眉根を寄せて、それでもまるで引きずり込まれるかのように誰かの過去の凄惨な日々を読み解いていったのだった。何故か、はわからない。なにか、が山崎をひきつけてやまなかったのだ。



7月下旬、当初の任務を外れ、援軍としてこの星の初の戦に出向いたが、予想に反しわが軍は劣勢。初陣より7日経った今日でも、未だ戦局は覆らず。
此の星に生息する有機生命体は脆弱であるとの報告を受けたが、我々の部隊の半分以上が、その有機生命体に壊滅させられている。早急に上層部への指示を仰ぐ必要性有り。
また、敵方の詳細な情報は一切入らず。わかっているのは、ただただ、奴らが恐ろしく強く残忍であることのみである。
彼らの通りし道の跡には同胞の亡骸と血の海のみが広がるばかりであった。噎せ返るような鉄の苦さが鼻に付く。
そんな狂気の淵で、私は夜叉と修羅の饗宴を見た。あの血染めの白き凶刃と黒き獣の呻きを、私は生涯忘れない。




どうも、この内容からして、日記に主である天人は軍の指揮官的位置に居たのであろう。傷付き、失われていく部下と上層部からの命令の狭間で思い悩み続けていた。山崎は、自身も駒の一つであると自覚しているからこそ、こういった上の心中は辛いものがあると感じる。
尚も頁をめくり続けていると、見知った名前が目に飛び込んできた。高杉と桂の名前である。



8月中旬、尚も敵方の勢力は止まりを知らず。円滑に和平交渉は進み、この星の多くの権利を手にすることは出来るとのことだが、前線の悲惨さは言うに難し。本日の負傷者の数を報告するのも億劫である。
我々が現在交戦している敵部隊の筆頭、判明しせり。鬼兵隊と名乗りし、その部隊は正に字の如く、修羅の率いる鬼の軍隊であった。
修羅の名を高杉晋助。その刃の餌食となったものは数知れず。要注意人物として、幕府及び上層部に報告する必要有り。
また、敵方参報である桂小太郎にも注意を払うべきであると進言せすべし。他に2名、要注意人物として挙げられるのだが、その詳細は不明。調べがつき次第、報告を検討中である。



山崎は、驚いた。まさか、こんなところで、2人の名前を見つけるとは思っても見なかったのである。まあ、当時から大暴れをしていたということは現在でも判っているので、別段不自然なところは無いのであるが、ふいに山崎は気になったことがあった。
それは、先ほど目にした、夜叉と修羅の言葉である。白き凶刃、黒き獣の呻き・・・何かが、山崎の琴線にひっかかった。白と黒、夜叉と修羅。血に染まる白は、まるで、まるで――――。そこまで思い立って、山崎は頭を左右にぷるぷると振り、今しがたの己の恐ろしい考えを打ち払った。
まさか、そんな訳は無い。白、と言われて、ただ思い浮かんだだけだ。山崎は必死に否定するが、尚も疑惑の念がこみ上げるのを抑えきれない。その妄執と呼べる思いを振り払うかのように、山崎はさらに日記を読み進めていったのであった。






だが、残念ながら、後数頁程で、その記録は終了していた。
最後の一頁に短い別れの挨拶を残し、誰とも知らぬ過去の日々の物語はあっけない幕を閉じたのである。
山崎は、安心したような恐ろしいような、そんな思いがこみ上げてきた。夜叉が誰であるか、明記されるのが恐ろしかったのかもしれない。ぱたん、と本を閉じようとしたときだ。裏表紙の方に、一頁くっついていることに気が付いた。好奇心に駆られ、ぴり、と薄い紙を破かないように丁寧に剥していく。剥し終わり、長年の呪縛から解き放たれた紙面には、こうあった。



我々の戦場には、夜叉が居た。銀の髪をなびかせ、鈍色の刀を血に塗り固めながら紅に染まる、夜叉が居たのだ。修羅と羅刹とともに舞いながら、竜の息吹を従えるそれは、どこまでも美しかった。
この戦において最も我々の脅威となった存在を、私は畏怖と憐憫、悲哀と憧憬を込めてこう名付けよう――――白夜叉、と。
そして、願わくならば、彼の鬼達に平穏なる日々が訪れんことを・・・私は願ってやまないのである。




山崎は、今度こそ本を閉じた。ほぅっと息を吐き出す。今、自分はきっと何かとんでもないものを見つけてしまったのではないか。
白夜叉、それは山崎にも聞きなれた名であった。攘夷戦争時代、それは正に鬼人の如く敵である天人達を血の海に沈めていったという、侍の通り名だ。当時、まだ見習いだった自分にまで聞き及ぶほどに、囁かれる畏怖の対象は、しかしながら正体不明のまるで亡霊のような存在である。
なんだか、それが、呆気ないほど簡単に形作られ、身近な人物がその鬼と化していく己の脳内を、山崎は殴り飛ばしたくなった。
そう、山崎の頭に浮かぶのは、いつもやる気がないが刀の腕は自分の上司である沖田や土方を軽く超えるほどの人物。万事屋の主、坂田銀時その人だった。
まさか。山崎は再度思った。まさか、そんな、馬鹿な。それでも、いくら否定しても、何故だか白夜叉の幻影は山崎の脳裏から消え去ってくれなかった。

―少し、疲れてるんだ。休んでから、またやろう・・・休まなきゃ。

山崎は、倉庫からおぼつかない足取りで自室へ向かい、敷きっぱなしの布団に顔を埋める。
夢への逃避のほんの一瞬、瞼の裏側で鬼が笑った気がした。





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随分前に書いたお話・・・一度、崎視点で過去の攘夷組のお話をしてみたかったので念願叶ったりです
こう、ぐだぐだな感じになってしまいました(崎の影響なのだろうか)
続きを色々考えてるんですが、どうにも上手くまとまりません
私的に、攘夷の話はギャグとシリアスの差が激しいので、なんていうか難しいです
でも、今度、昔に戻れない攘夷組と攘夷組がなりたかった未来を歩む真選組のお話をやってみたいですね!
俺達も、ああだったのになぁって羨む銀さんとか慰めるもじゃとか桂、すれ違ってしまう杉が書きたい




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