「金時金時、きーんーとーき〜!」

己の間違った名前を叫びながら突進してくるもじゃもじゃの物体を、思わず避けてその物体Xが後ろの自転車たちに真正面から飛び込んで自転車達がドミノ倒し状になったって、きっとだれも文句は言わないだろう。多分。
だって、そうだろう?いきなり飛び掛られたら避けるのが本能というものだ。そうだ、だから奴が頭からどくどくと真っ赤な液体を垂れ流しててもしょうがない。俺は、未だ混乱し続ける頭の隅でどこか冷静に思った。

「どうしたんですか?銀さん」

ひょっこり、そんな音が良く似合う登場の仕方をしたのは俺の経営するよろず屋で雇ってる新八だ。雇ってるといっても給料はろくに払ってないのだが。なのに気が付けばいつもよろず屋に顔を出してる。なんだか、もう、まるで家族のようだ。そこまで想って、俺は急に照れくさくなって、思わず新八の顔から目を背けた。
いきなりの変な俺の態度に呆気に取られる新八の後ろには、同じく従業員兼家族の神楽が不思議そうな顔で、血塗れもじゃ男を覗き込んでいる。やめなさい、神楽ちゃん。そんなもの、教育上よく無いんだから!
慌てて新八と神楽を連れてその場を立ち去ろうとした時だった。がしっと、俺の足首を何かが勢いよく掴んだのだ!
恐る恐る後ろを振り返れば、血塗れの癖して笑顔を振りまく天パと目が合う。・・・まるで、悪夢のようだ。
俺はどこか遠い世界のことのように想ったのだった。






「・・・で?なんなんだよ、辰馬」

よろず屋のソファの上、座りながらお茶を飲む旧友に俺は盛大に顔を顰めて訊ねた。辰馬はいつものように、あっはっはと笑いながら、花見の提案をしたのだ。

「わしと金時とヅラと晋助で、一等綺麗な桜の下で花見をするんじゃ!きっと楽しいぜよ」

両手を大きく広げて、子供のように瞳をキラキラと輝かせ、辰馬はまるでどこぞの政治家の演説のような夢を語った。
しんすけ。辰馬が言った最後の名前を聞いた瞬間、俺の体はまるで金縛りにあったかのようにかのように、一度びくりと大きく振るえ、固まる。どうしたのか、と俺を覗き込む辰馬になんでもないと苦笑しながら、それは無理だと、まるで御伽噺のような素晴らしい計画を却下した。
それもそうだ。当たり前のことだ。何故なら俺と高杉はもう仲間なんかでもなんでもないのだから。
そう、それが起こったのは今から半年くらい前のことだった。俺の前に1人の盲目の侍が現れた瞬間から、俺達の終わりは形作られた。いや、本当はもっと前から終わりは見えていたのだ。見ないようにしていた、無限のループの中の可能性は、1人の男として俺とヅラの前に現れ、彼は高杉の、己の光の為にと、より大きな力を求め、刀に喰われて死亡した。俺達の道が違え、仲間の関係に終焉が訪れてしまったのだ。
全てを破壊するために存在する機械仕掛けの刀は、まるで高杉そのものだと、彼とその刀の関わりを知らなかった時点でさえ
俺はそう想った。きっと、どこかで予感していたのかもしれない。俺達の別れを。その道の先にある、血塗られた未来を。


俯く俺に、辰馬はいつものおちゃらけた雰囲気をしまって、まるであの戦時中の時のように真剣な声音で、わかってる、と零した。
その言葉の雫は、あまりにも儚く、今にも消え去ってしまいそうなささやかなものだった。でも、俺の耳に、心に、波紋を広げていく、確かな呟きだった。

「わかってるぜよ・・・もう、昔のまんまじゃないってこと、誰よりも変わってしまったわしが、一番良く知ってるき」

サングラスの奥の瞳が、遠いあの日の記憶を見ている。俺がいて、辰馬がいて、ヅラがいて、高杉がいた、あの日々。血塗れの海で狂ったように紅く染まり続けた、盲目の日々。でも、そこには、そこにしかない幸せが確かにあったのだ。

「失いたく、ないんだ」

俺は呟いた。そう、失いたくないのだ。あの日々、あの時の高杉の熱を、鼓動を、俺の想いを。
勝手に捨てておきながら、俺は未だにあの日の記憶に囚われ、縋り続けている。なんて、身勝手なのだろう。吐き気がする。

「失いたくないのにっ!・・・置き去りにして、そうして俺は、あいつは、何処に行きたいっていうんだよっ!」

バン!と、机を震える拳で叩き付ける。お茶を注ぎに行っていた新八と神楽が、いつの間にか戻ってきていて、俺の後ろで息を呑むのが解った。辰馬は、何も言わずに、まっすぐ俺を見ていた。なにか、なにかが、俺の中で連結して反応して、そうして解けていくような感覚。硬く凍っていたものが、どろどろに解けてやわらかくなっていく感触。胸の奥の奥が、痛くてたまらなかった。

「きっと、答は簡単なもんじゃ。それに気付けないで、本当はいっつも、おんしの隣にあったもんぜよ・・・きっと」

辰馬は震える俺に、夢のような御伽噺みたいなことでも。きっと実現させてみると、一言残し、新八のお茶を一気に飲み干して帰っていった。
新八や神楽は何か言いたそうだったが(もしくは聞きたかったのだろう)気を使ってくれたのだろう。静かに玄関から出て行った。
静まり返る部屋の外からは、煩いくらいの桜吹雪が舞っている。この情景を、あの日々と同じように見ることができるようになる日は、果たして来るのだろうか?
来ればいい。そして、それが永遠に続けばいいと、くだらない遊戯のような願いを抱いて、俺は少し早い眠りの誘いに身を委ねたのだった。




Goodby! memorise


今は儚き、遠い日の歌よ

みんながみんな、遠い、あの宝物みたいにきらきらと輝いていた毎日に思いを馳せてればいいなぁと思います
確かに、過去の日々には血も涙も悲しみも慟哭も憎しみも殺意も存在したかもしれない
でも、それでも、そこには確かに幸せな日々があったんだって
攘夷には、そう思ってて欲しい
その日々を、愛しくて愛しくてしょうがなくて、たまらない攘夷のみんなが大好きです


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